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1864年(元治元年)6月28日、横浜居留地141番で、 「新聞の父」と呼ばれるジョセフ彦が「童子にも読める新聞精神」を提唱し、 日本初の新聞である「海外新聞」を発刊しました。 「海外新聞」は、英仏の郵便船から外国新聞を手に入れ、最新の海外事情を選んで 翻訳・編集し、彦が長崎に移る1866年(慶応2年)12月までに26号が発行されました。 幼名を彦太郎というジョセフ彦は、13歳のとき江戸見物の帰路、遠州灘で遭難し、 アメリカ商船に救助されてアメリカに渡りました。 当時のアメリカ大統領ピヤース(第14代:Franklin Pierce)と会見し、アメリカ大統領と会見した最初の日本人になりました。 1858年(安政5年)6月30日に日本からの帰化第一号としてアメリカの市民権を得ました。 また、リンカーン大統領(第16代:Abraham Lincoln)と握手した唯一の日本人でもあります。 リンカーンの民主政治を木戸孝充,伊藤博文,坂本竜馬に伝えました。 なお、日刊新聞の誕生は、1870年(明治3年)まで待たなければなりません。 記念碑のある場所を地図で示します。 |