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横浜市金沢区富岡東四丁目の富岡八幡宮の鳥居の入口右手に漁港の記念碑(下の写真右)があり、その横にひっそりと 「海水浴発祥 宮の前海岸跡」と記された小さな石碑が一つありました。 海水浴発祥と言っても、人は遠い昔から海で泳いでいたはずでよね。恐らく、現在の海水浴場のように海の家があったりして、 それなりに整備された最初だということでしょう。 明治時代には富岡八幡宮の前は海で、この宮の前海岸は漁業の拠点でした。現在、漁港の記念碑がある場所は、生簀があった場所 だそうです。また、この浜は明治維新のころ横浜の山手・本牧に居留した外国人の娯楽の場所となりました。ローマ字で著名なヘボン博士 (Dr. James Curtis Hepburn)が、富岡海岸の水質がよいことから海水浴を奨励し、一層来遊する外国人が増えたそうです。 そして1881年(明治14年)ころに「海水浴場 神奈川県庁」という標識が建てられました。このことをもってわが国海水浴の発祥と しています。 ところで、現在は住宅地になっている富岡一帯の埋め立てが始まったのは1971年(昭和46年)だそうで、 意外と最近だったのでびっくりしました。 この海水浴場は居留外国人専用であり、日本人も泳げる海水浴場の発祥は神奈川県の大磯だそうです。 明治の日本人に海水浴場の効用を説いたのは時の陸軍軍医総監松本順で、その尽力により、1885年(明治18年)に日本人も利用できる わが国最初の海水浴場として大磯海水浴場が、照ヶ崎海岸に開設されました。
【参考資料:新編富岡案内】
記念碑のある場所を地図で示します。 |