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1859年(安政6年)に米国からやってきた医者で、プロテスタントの宣教師で、 「ヘボン式ローマ字」の生みの親で、明治学院の創始者のひとりです。 はじめは、成仏寺(現在は京浜急行の横浜駅と神奈川駅の中ほど海側にある)を 宿舎にしていました。 1862年(文久2年)に横浜に転居し、幕末から明治初期の日本文化の開拓に力を 注ぎました。 ヘボン博士は、『和英語林集成』を記しましたが、これは我が国初の本格的な 和英・英和辞典であり、日本語を横組みで記した最初とも言われています。 その後も日本語をアルファベットで表記するために『ヘボン式ローマ字』を 考案しています。 また、医学の面でも我が国に大きく貢献しています。西洋目薬の販売を始めた 岸田吟香は、ヘボン博士に目の治療を受け、精奇水の製法を伝授されています。 立女形三世沢村田之助は、ヘボン博士に左下腿切断により脱疽の治療を受け、 我が国初となる義足で舞台に復帰しています。 ヘボン博士といいますが、つづりはHepburnで、あのオードリー・ヘプバーンと 同じなんですね。 ものの始めとは違いますが、有名人で碑もあるので調べてみました。 記念碑のある場所を地図で示します。 |