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1859年(安政6年)3月5日、青木屋忠七に「外国人衣類仕洗張」という営業許可書が出ており、 外国人相手の洗濯業としてはこの人が元祖のようです。 しかし、本格的にクリーニング業を始めたのは、長崎で西洋洗濯を学び、 1861年(文久元年)横浜で開業した渡辺善兵衛だと言われています。 〔横浜市教育委員会・視聴覚教材・クリーニング発祥に関するビデオ学校教材〕 近代企業としてのクリーニング業は、フランス人ドンバルの技術指導により、 脇沢金次郎が始めたと言われています。 下記記念碑も脇沢金次郎の店の跡地にあります。 脇沢金次郎は1904年(明治37年)に横浜市会の議長代理者にも選出されています。 一方、ドライ・クリーニングは、1907年(明治40年)に 白洋舎の創設者である五十嵐健治が始めています。 東京都大田区下丸子の白洋舎工場内に「洗濯資料館」があります。 記念碑のある場所を地図で示します。 |