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紀元前5200年の頃の子供の墓から、 大理石でできたピンとボールが発見されました。 ボウリングに似たゲームが存在していたことを伺うことができます。 1861年(文久元年)6月22日、長崎出島で社交サロン店主ヘンリー・ギブソンが、 日本初のボウリング場「インターナショナル・ボウリング・サロン」を開設しました。 当時は9本のピンを木製ボールで倒していました。 また、ボールは大・中・小の3種類、指穴は無し。 ピンボーイがピンをセットし、投げたボールを運んでいたそうです。 グラバー園への登り坂途中、海員クラブ・シーメンスホームのボウリング場跡に 「ボウリング日本発祥地」の碑があるそうです。 長崎に遅れること3年、1864年(元治元年)に 横浜外国人居留地内のホテルにボウリング・サロンが開場しました。主にアメリカ人の 娯楽としてテンピンズ・ボウリングが主流でした。 記念碑のある場所を地図で示します。 |
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横浜元町谷戸坂の坂下にあるフランス山公園に「横浜ボウリング発祥の碑」
があります。 |
碑には、「1864年(元治元年)横浜外国人居留地内に長崎に次ぎ
ボウリングサロンを開場した記録がある。協会発足30周年を記念し、
ここに横浜ボウリング発祥の碑地を建立する。」とあります。 |