日本バプテストの始まり


1549年(天文18年)、カトリック教会イエズス会のフランシスコ・ザビエル (Francis Xavier)によって 日本に初めてキリスト教が伝えられました。 当時は戦国時代でしたが、50年間に、信者は45万人に達したと言われています。 しかし、やがて禁教令が出され、鎖国の時代に入り、多くの信者が殉教の死をとげました。

次にキリスト教が伝えられたのは、1859年(安政6年)の開国以後、 外国の宣教師たちがやって来るようになってからです。 19世紀中に、カトリック教会、プロテスタント諸教派、正教会など、 伝統的なキリスト教会のほとんどが、日本に伝道して教会を立てました。

米国バプテスト宣教師同盟の宣教師 ネーサン・ブラウン(Nathan Brown),ジョナサン・ゴーブル(Jonathan Goble)両夫妻は、 1873年(明治6年)3月2日に横浜山手203番の地に、日本バプテスト横浜教会を設立しました。 日本における最初のバプテスト教会であり、二番目のプロテスタント教会です。 教会のメンバーは四人の宣教師夫妻だけで、日本人信徒はいなかったそうです。 彼らは、2月7日に日本に着いたばかりであり、 日本人信徒がいなくとも、仮住まいの家であろうとも、 一日も早く「神の家」である教会を日本に建てることが第一と考えたそうです。

1884年(明治17年)には、横浜山手64番に 横浜バプテスト神学校(現在の関東学院の前身)が創立されています。

記念碑のある場所を地図で示します。

日本バプテスト発祥の地
横浜市中区山手の代官坂の途中に「日本バプテスト発祥」の碑があります。
碑には、「明治六年二月七日ネーサンブラウン博士来朝コノ地ニ布教本掾ヲ置ク」とあります。


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Last Update : 07/12/23
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